人は飲み食いし、その労苦によって得たもので心を楽しませるより良いことはない。(聖書)
病は気から
現代社会には、数え切れないほど様々な病気がある。がん、病原性大腸菌、うつ病、統合失調症、エイズ、などなど。最近はそれに放射能まで心配になってきた。そしてそれぞれの病気にかかりやすい人、かかりにくい人、治りやすい人、なかなか治らない人の差がある。
一般的に、免疫が強い、弱いで、大きな差がでると言われている。
そして、その人がかかえているストレスが、免疫に大きな影響を与えている。
つまり、ストレスを抱えている人は、病気になりやすく、病気が治りにくい。
気が強い、気が弱い
一般に、「気が強い人」とは、他人に対して、自分の主張を強く言い張ることのできる人のことで、「気が弱い人」は、逆に自分の言い分を通せないで、人のいいなりになりやすい人のことである。
このことは、病気の面にもいえる。
病気に対して気が弱くなった人は、治りにくくなる場合も指摘されている。
「病気と付き合う」、とか、「病気に立ち向かう」という人は、「気が強い」と考えられる。
ギリシャ語では、「気」は、プシュケー(魂)という言葉に言いかえることができる。
魂とは、脳によって管理されている善悪を判断する力、自分の環境に対する意志力、感情の力、自分の考えについての確信の力のことである。つまり、病気とは、上記の力である「気」が病むことである。
魂の状態は、体の状態に非常に大きな影響を与える。
自分なりにものごとの考え方が正しいと確信して、落ち着いた、喜びのある感情を持っている時には、気に力があり、体も免疫を持っているが、何かの事情で余裕を失い、喜びの感情が薄れ、自分を見失って気に力がない状態になると、体の力や免疫にも悪影響を与える。
ギリシャ哲学の偉人ソクラテスは、「プシュケーの世話をせよ」と言う。それは何事であっても、自分の分を超えすぎて、良い気を損なうような事に陥るなと言うことである。だれでも自分の分を超えれば気を損ない、気を病み、病気になってしまう。
発達した現代医学には、様々な分野で治療を受けられるが、その中に精神医学がある。我を忘れて仕事に没頭し、良い気を損なってしまった人間は、医師のカウンセリングや薬物の助けも必要となる。
イエス・キリストは、「あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自信が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」と言われた。それは、あすために何もするなと言うことではない。明日の準備はしなければならない。しかし自分の分をわきまえて事をなし、あすの事は心配せずに休めということである。